大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和55年(オ)1113号 判決 1983年9月06日

上告人

斎藤政悦

右訴訟代理人

田中登

被上告人

渡辺佐太郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人田中登の上告理由一について

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、上告人は本件事故当時において本件自動車につき運行支配及び運行利益を有していたものというべきであるから、上告人に本件事故に関する運行供用者責任があるとした原審の判断は、結論において正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同二について

不法行為の被害者が自己の権利擁護のため訴えを提起することを余儀なくされ、訴訟追行を弁護士に委任した場合には、その弁護士費用は、事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り、右不法行為と相当因果関係に立つ損害であり、被害者が加害者に対しその賠償を求めることができると解すべきことは、当裁判所の判例(最高裁昭和四一年(オ)第二八〇号同四四年二月二七日第一小法廷判決・民集二三巻二号四四一頁)とするところである。しかして、不法行為に基づく損害賠償債務は、なんらの催告を要することなく、損害の発生と同時に遅滞に陥るものと解すべきところ(最高裁昭和三四年(オ)第一一七号同三七年九月四日第三小法廷判決・民集一六巻九号一八三四頁参照)、弁護士費用に関する前記損害は、被害者が当該不法行為に基づくその余の費目の損害の賠償を求めるについて弁護士に訴訟の追行を委任し、かつ、相手方に対して勝訴した場合に限つて、弁護士費用の全部又は一部が損害と認められるという性質のものであるが、その余の費目の損害と同一の不法行為による身体傷害など同一利益の侵害に基づいて生じたものである場合には一個の損害賠償債務の一部を構成するものというべきであるから(最高裁昭和四三年(オ)第九四三号同四八年四月五日第一小法廷判決・民集二七巻三号四一九頁参照)、右弁護士費用につき不法行為の加害者が負担すべき損害賠償債務も、当該不法行為の時に発生し、かつ、遅滞に陥るものと解するのが相当である。なお、右損害の額については、被害者が弁護士費用につき不法行為時からその支払時までの間に生ずることのありうべき中間利息を不当に利得することのないように算定すべきものであることは、いうまでもない。

本件についてこれをみると、記録及び原判文に照らせば、原審が、被上告人の本件訴訟追行のための弁護士費用につき本件事故と相当因果関係のある損害を八万円と認めるにあたつて、被上告人が右事故時から当該弁護士費用の支払時までの中間利息を不当に利得することのないように算定したことが窺いえないものではないから、上告人が所論の弁護士費用に係る損害八万円について本件事故後である昭和五二年七月一九日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負うとした原審の判断は、是認するに足り、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(安岡滿彦 横井大三 伊藤正己 木戸口久治)

上告代理人田中登の上告理由

一、原判決は上告人につき運行供用者責任を肯認したが、自動車損害賠償保障法第三条の解釈を誤つた違法がある。

すなわち、原判決は、一方で本件が無断運転であることを認定しながら(原判決理由二1)、上告人が本件事故当時の運転者である一審被告金信長の運転を充分に予測できた筈であり、事故車や金との日常の関係、鍵の保管状況、金の運行目的などを理由に上告人が運行支配を失つていないとしている(原判決理由二3)。

たしかに、従来の判例によれば、被用者の無断運転(最高裁昭和三九年二月一一日判決・民集一八巻二号三一五頁)、被用者以外の無断運転(最高裁昭和四九年一一月一二日判決・交通民集七巻六号一五四一頁)、親族間の無断運転(最高裁昭和四六年一月二六日判決・交通民集四巻一号一三頁)等無断運転事案につき保有者の責任を認めたものが少くなく、殊に下級審においてこの傾向は一層明確である(一時いわゆる抗弁説をとるものも見られた)。

その理由とする処は、保有者と運転者との密接な関係、日常の使用状況、運行目的等により客観的外形的に保有者による運行と認められるからとするもの、或いは保有者の暗黙ないし推定的同意と短期返還の予定等により保有者が運行支配を失つていないからとするもの等様々であるが、いずれも保有者が運転者に対して支配的か、少くとも同等の立場にあることを前提としているものと解せられる。

しかるに、本件において運転者は、一般の事案と異なり保有者の使用者であつて逆に支配的な立場にあり、たとえ原判決が挙示する諸般の事実(原判決理由二2(一)乃至(七))があつたとしても、それは使用者である一審被告金信長が使用者としての優越的立場に基いて、被用者にすぎない上告人を支配し、服従させた結果に他ならず、上告人において事実上これを拒絶し得ない立場であつたから、従前の前記判例等とはその前提を異にするものである。すなわち、本件当時上告人は、たとえ金から事故車の業務利用や貸与を求められても、或いは無断運転を予測し得たとしても、いずれにせよこれを拒むことができず、又本件以前からの金による高頻度の業務利用及び本件無断運転の態様(金は何ら悪びれるところがなく、当然という態度をとつている)等からすると、金による業務利用中は、金が事故車の第一次的且つ直接的な保有者・運行供用者であつて、上告人は仮に事故車を現実に運転していた場合(原判決理由二2(一))であつても、運行供用者としての地位を失い、単なる運転者としての地位に換置されていたものと認むべきであり、まして上告人が運転せず貸与をうけて金自らが運転していた場合(原判決理由二2(二))、及び本件のように金が無断運転した場合には、上告人が運行供用者としての立場を失つていることは一層明白であるというべきである。

更に、原判決は運行利益について何ら触れるところがないが、本件以前の金による事故車の使用がすべて金の業務のためのものであること、本件事故も金が集金に赴く途上に発生したものであることから明かなように、上告人には本件につき全く運行利益がないことも考慮すべきである。

なお、上告人が過去に数回、金からガソリンのチケットを交付されたことをもつて両者の立場が均衡していたとする見方があるかも知れないが、五〇回以上にわたる利用に比して対価性があるとは認め難く、むしろ金が上告人の立場を軽視し服従させていたこと(相当な対価を支払わず平然として被用者の車を使用)を裏書きするものと思料する。

よつて以上のとおり、上告人には運行支配及び運行利益がなく、従つて運行供用者責任はなかつたものとみるのが妥当であり、これと異なる判断の原判決には、実質を看過して形式論にとらわれ、不適切な事案に漫然と従前の判例の趣旨を適用した誤りがあり、その結果運行供用責任に関する自動車損害賠償法第三条に違背したものというべきである。

二、原判決は、その認容した弁護士費用の損害につき本件訴状送達の翌日である昭和五二年七月一九日を起算日として遅延損害金を認めているが、不相当である。

すなわち、弁護士費用の支払期日は必ずしも一定でなく、当事者の協議により決められるのが一般である。本件において原判決認容の弁護士費用が右起算日以前に支払われたことの主張立証はないから、右日時をもつて遅延損害金発生日の起算日とすることは誤りであると思料する(東京高裁昭和四八年二月一三日判決・判例タイムズ三〇二号二三四頁は、未払の弁護士費用につき遅延損害金を認めなかつた。又、東京高裁昭和四八年一〇月三〇日判決・交通民集六巻五号一四五七頁及び同裁判所昭和四八年一一月二九日判決・判例時報七二六号四七頁は、同種事案につき起算日を判決確定時としている)。

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